先日映画版の感想を書きました。
hirobook.hatenablog.jp
小説も7月に読み終わったので感想残します。
こちらもネタバレ含みますので、これから読む方や情報なしで映画を楽しみたい方はお読みにならないようご注意ください。

↑占い目当てで買ったananは他の占い師の方の読み方が勉強になって良かったです。
お二人のインタビュー記事もありましたが少なめのページ数でした。
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↓目次↓
映画と小説、それぞれの良さを活かした作品
映画は映像があるからこそ魅せられる作りだし、小説は文字で細かく書けるからこそ伝わるので、それぞれの利点を活かした内容になっている。
私は小説は400ページくらいなら1,2日で読んじゃうことも多いけど、上下巻で800ページ以上のこの作品は、ゆっくりじっくり読むこととなったくらい情報量が多かったです。
ただ映画と同じシーンも出てくるため、映画を観た後に読んだからこそ場面が想像しやすくて読みやすかったのもあると思います。
私は小説先に読んだら映画観なかったと思うので、先に映画見て良かったです。
映画と小説結構違う。
映画公開後色んなところで見聞きしましたが、映画版と小説版は結構雰囲気が異なります。
特にね、徳次は映画では冒頭しか出てきませんが、小説では大活躍です。
私は前情報入れないで映画を観に行ったので、小説読み始めてから「そういえば徳次どこ行ったの」と思いました。
小説では中国で大成功して日本へ凱旋帰国しますが、小説の終わり方から想像すると喜久雄とは会えなさそうで寂しいです。
でも徳次の活躍を大々的に映画で出すのは難しい場面も多く、小説版を短縮して映画化すると俊ぼんの印象がとても薄くなります。
映画で歌舞伎の素晴らしさを全面に出すためには支えてくれる徳次の活躍より俊ぼんとの関わりを丁寧に描いた方が印象がいいと思うので、映画で徳次をほぼ出さなかったのは納得でした。
小説の喜久雄は割と人に助けられていて、孤高ではなさげ。
映画の方が孤高さを強めた作りでした。
演目は小説の方が多く、小説では色んな演目を知ることができて楽しいです。
でもあのクオリティで歌舞伎の演目を演じ切った吉沢亮さんを始めとした出演者の皆さんの努力は凄いなぁと改めて思いました。
あと、映画に入っていないシーンも撮影自体はしていてカットされた可能性もありますし、完全版も気になりますね。
ただ家で見たら間違いなく集中力が切れるので、映画館の没入体験をするには3時間が限度と思いました。
小説では女性陣の活躍もしっかり描かれる
春江は勿論、マツ、彰子、幸子の陰ながらの支えや行動力、機転の利く様子が伝わります。
市駒や綾乃に至っては喜久雄と結構交流がある様子が描かれるので、映画とは随分印象が違うんです。
支えてくれる女性たちによって成り立つ面があるのも歌舞伎の世界ですが、映画では才能の塊の喜久雄を孤高に描くことでより歌舞伎のシーンへの注目度が上がった気がしますね。
幸子は途中新興宗教に傾倒してしまう時期があるけど、それも春江の機転で乗り越えるし、おかみさんとして奮闘しているのが伝わるので、映画以上に幸子が春江のことを認めてくれている描写もあって良かったです。
春江は子供一人亡くしてるし、原作では相当な苦労人だし綾乃まで真っ当に戻してくれたけどそこが映画では描かれないので伝わりきらないのは残念とは思いますが、春江のエピソードを増やすと喜久雄のエピソードが霞むので難しいですよね。
映画は敢えて人間味のある表現は最小限に留めたかなという感じです。
完全悪も善もいない
国宝の登場人物は皆人間味があるし必死に生きているなぁと感じます。
任侠の世界も完全悪でもない。
映画で好印象を残した竹野が、小説を読むとスキャンダルを流したこともわかるので完全に善人でもない。
喜久雄だって血筋は任侠だけども芸事でズルをする器用さはほぼなく、血筋欲しさに彰子を利用したくらい(それはいいことではないけど)で芸には真っ直ぐ。
小説では彰子とのことも千五郎に認められたけど映画ではお別れして孤軍奮闘した上で国宝に上り詰めるわけで、じゃあ彰子が可哀想なのかと言われれば小説では彰子は浮気しているような描写がある。
なんか人間って陰陽のマークのように、良いところも悪いところも両方あるんだなぁって感じますよね。
でも完全悪でも完全な善でもないから、歌舞伎にも深みが出るのかもしれないですし、私たちの心を打つのかもしれません。
血筋でない辛さ
色んなところで俊ぼんとの扱いの差が描かれるけど、原作は喜久雄の苦労した場面も結構長く描かれます。
だからこそ原作は徳次がいてくれてよかったと思うことが沢山だけど、才能があるからこその妬みもあって大変だったよなぁと思います。
血筋でないからはじかれ、血筋のせいで人間国宝へ決まるのも遅かったけど、それでも芸で魅せ続けた喜久雄は凄かったですよね。
映画オリジナルの、ドサ回り中に襲われたあとの屋上のまるで「ジョーカー」みたいなシーンは凄く象徴的にできていたけど、原作は孤高ではなく支えてくれる人も近くにいながら辛いだろうなという場面も多くて原作のようなシーンが沢山映像に盛り込まれてたら途中でかなり落ち込んだと思います。
映画では歌舞伎の素晴らしさと喜久雄の才能に焦点をあてた作りのため、原作で歌舞伎界の大変さや人間模様を捕捉できるのはありがたかったです。
辛くても、頑張る人には助けてくれる人や神様も味方するのかななんて思います。
原作でも喜久雄が悪魔と契約したセリフはでてくるんですけどね。
人間国宝になること、望んでいた景色を見ること
映画では喜久雄の父権五郎が死ぬ場面も雪が降っていたため、喜久雄も死が近いのかな?と思いましたが、小説ではその景色が見えた時に喜久雄は舞台から飛び出してしまい、事故死するのかな?という終わりになる。
人間国宝も映画では既に決定してそのための講演だったりするけど、原作では決まったけどそれが伝えられる前に喜久雄の人生が終わってしまう形です。
映画ではどさ回りの時に喜久雄に魅せられた男が迫ってきて控室のあたりで発狂され殴られるけど、小説では舞台に上がってくるところで喜久雄が精神面にかなり傷を負ってしまうのが伝わります。
この違いも、望んでいる景色を追うことへの執着の差として描かれています。
勿論小説の方が喜久雄の血筋についてや知り合いの話が多いので、国宝になるのは難しいだろうなぁと感じました。
映画はその描写が少なかったのと芸に向き合うところを中心に描かれるので批判が出にくい流れにはなっています。
現代だと難しいかもだけど。
孤高ながら頂点へ上り詰め舞台で望んでいた景色を見て終わる映画版、望んでいた景色を見た後受賞前にこの世を去ってしまった小説版。
映画は割と綺麗にまとまっているので見ていられますが、小説はショックを受ける方も多いかもしれません。
PG12で済むくらいにまとめている(それでも小学生に見せるのは躊躇するシーンがあるけど)映画の方が万人ウケするかな。
小説は人間描写が増える分、生々しいと感じることもあるので。
映画は孤高なのが悪魔の契約になぞってるのかな?と感じたけど、原作では俊ぼんがいなくなって舞台にお客さんが上がり込んでしまってからおかしくなってしまい、孤独に飲まれたかな?なんて感じたくらい表現が違うかなと思います。
同じ作品ですが、喜久雄の世界は結構違いますし、国宝になってからやなると決まったあたりの世界は全く別かなと思いました。
終わりに
最初に触れたように、私は映画→小説の順で良かったですが、小説の方が描写が色んな意味で重いので人によっては一、ニ章で脱落するかなと思います。
でも映画見られた方ならそれぞれの心情を深めたり、色んな演目を知りたくなるとは思うので、小説読むのもおすすめです。
今また映画観たら違う視点で映画も観られそうかなとも思います。
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